臨済宗 妙心寺派 金鳳山

書画

平林寺の収蔵品

時を超えてつながるゆかりの品

江戸時代初期、日本に書法と篆刻を伝えた独立性易(どくりゅうしょうえき)禅師を巡って、平林寺の歴史の中で残されてきた収蔵品をご紹介します。

信綱と性易の出会い

独立性易は万暦24年(1596)中国に生まれ、儒学と医学を学んで明朝に仕官しました。のち長崎に渡り、隠元隆琦禅師のもと得度。そのときに与えられた僧名が「独立性易」です。

独立禅師は隠元禅師に随待して江戸に登り、第4代将軍家綱に謁見します。そこに同席していた信綱は、儒者で医術を施し、かつ能書として高名であった独立禅師との出会いに大いに感銘を受け、平林寺を案内したと言われています。

独立禅師は、書を文字の学問として捉えた『独立性易真蹟書論』を著しました。この所論は日本の書法の原点として、今日でもたいへん貴重な資料となっています。

伝松平信綱坐像。高村光雲作。明治時代

  • 独立性易坐像。戴渓堂内に安置される。
    江戸時代

  • 独立性易墨蹟。七言絶句。江戸時代

鉄斎から安左エ門へ

独立禅師亡き後、高弟によって供養のために建立されたのが戴渓堂です。茅葺屋根の愛嬌あるお堂の中に、独立性易坐像が安置されています。この戴渓堂を、明治初期の文人富岡鉄斎が訪ねています。鉄斎は儒学、漢学、詩文、絵画等に秀でており、所蔵の『独立性易真蹟書論』巻末に戴渓堂の、別紙に顔等の墨画を残しました。これらは後世、近代日本の実業家、美術蒐集家の松永安左エ門によって、平林寺第22世白山敬山老師の代に平林寺に寄贈されています。

  • 『独立性易真蹟書論』表紙

  • 題字。篆書

  • 自叙。隷書

  • 富岡鉄斎によって巻末に描かれた、
    戴渓堂の筆録

  • 鉄斎の箱書き

  • 独立性易像。鉄斎筆。墨画。明治時代

タイトルの墨画

『観音・龍図』狩野探幽筆。
落款によると探幽晩年69歳の作。江戸時代

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