臨済宗 妙心寺派 金鳳山

歴 史

平林寺史概要

武蔵野の禅刹、平林寺

石室善玖坐像石室善玖坐像。江戸時代。

平林寺は、南北朝時代の永和元年(1375)、開山を石室善玖(せきしつぜんきゅう)禅師、開基を大田備州守沙弥蘊沢(おおたびっちゅうのかみしゃみうんたく)として、現在のさいたま市岩槻区に創建されました。

戦国時代に入り、平林寺は多くの伽藍を消失しますが、徳川家康の外護を受け、天正20年(1592)、鉄山宗鈍(てつざんそうどん)禅師によって中興が果たされます。その後、川越藩主松平伊豆守信綱(まつだいらいずのかみのぶつな)の遺言により、平林寺は岩槻から現在の野火止に移転され、今日に至るまで大河内松平家の廟所として代々の帰依を得ています。

平林寺の本山は、京都の正法山妙心寺です。臨済宗では最大の妙心寺派に属し、妙心寺派においては 関東を代表する修行道場を備えています。平成28年(2016)は、中興開山鉄山宗鈍禅師没後400年にあたります。

江戸名所図絵江戸名所図絵にみる平林寺
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