臨済宗 妙心寺派 金鳳山

禅僧列伝

平林寺のいまを築いた禅匠

平林寺の創建

平林寺開山
石室善玖(せきしつぜんきゅう) 禅師

永仁2年(1294)筑前国に生まれる。金陵(中国)の鳳台山保寧寺(ほうたいさんほねいじ)にて古林清茂(くりんせいむ)禅師のもと参禅修行し、帰国のち山城真如寺(京都)の竺仙凡遷禅師に師事した。博多聖福寺、京都万寿寺、天龍寺を経て、鎌倉円覚寺39世、建長寺43世。

永和元年(1375)、岩槻城主大田備中守春桂薀沢(しゅんけいうんたく)居士の帰依により、平林寺開山として入寺。康応元年(1389)建長寺金龍庵にて遷化。96歳。光格天皇より禅師号、直指見性禅師を賜る。

  • 石室善玖坐像
  • 石室善玖墨蹟

平林寺の再興

平林寺中興開山
鉄山宗鈍(てつざんそうどん)禅師

天文元年(1532)甲斐国、武田氏の家臣の子として生まれる。幼時に甲州の名刹、恵林寺に入り得度。上洛して天龍寺、妙心寺で修行したのち、信濃高遠建福寺、駿河臨済寺の住持となる。

平林寺には天正20年(1592)、戦火で焼失した寺の復興のため、中興開山として家康により招請される。元和3年(1617)妙心寺大龍院にて遷化。86歳。妙心寺80世。禅師号、霊光仏眼禅師。

平成28年(2016)は鉄山禅師没後400年に当たる。平林寺に於いては平成29年「中興開山鉄山宗鈍禅師400年遠諱」が営まれる。

  • 鉄山宗鈍像
  • 鉄山宗鈍墨蹟

平林寺と専門道場

平林寺第21世
峰尾大休(みねおだいきゅう)老師

万延元年(1860) 、武蔵国に生まれる。鎌倉円覚僧堂に掛塔。今北洪川老師、釋宗演老師に参禅し、印可を受けた後は宗演老師に代わり円覚僧堂師家代参を務める。

明治34年(1901)平林寺に普山。同37年(1904)、関東初の妙心寺派専門道場となる平林僧堂を開単。豪放磊落な傑僧として地域住民から経済人、文化人に至るまで多くの信仰を集めた。昭和29年(1954)平林寺にて遷化。94歳。妙心寺585世。妙心寺派管長。臨済宗十三派が合同した折は臨済宗管長。室号、韜光窟(とうこうくつ)。号、睡足閑人。法語集『韜光窟風懐録』、著作『白隠禅師開莚普説講話』。

  • 平林寺林泉境内にて
  • 昭和20年、托鉢に際して
  • 関字。峰尾大休墨蹟

平林寺第22世
白水敬山(しろうずけいざん)老師

明治30年(1897)福岡県に生まれる。博多聖福寺にて得度、入門。のち伊深正眼寺(岐阜)の小南惟精老師に参禅。

昭和15年(1940)平林寺住職並びに平林僧堂師家に就任。雲水の修行には自然が不可欠と、平林寺の雑木林を寺域として守り(国指定天然記念物を取得)、今日の平林僧堂の基盤を築いた。画才にも長け、大休老師との合作品を数多く残す。昭和50年(1975)平林寺にて遷化。78歳。妙心寺645世。室号、牧牛窟。著作に『敬山録』『牧牛窟閑話』。

  • 禅堂の前にて
  • 雲水と共に作務に励む
  • 墨蘭図。白水敬山筆

平林寺第23世
糸原圓應(いとはらえんのう)老師

大正15年(1926)島根県に生まれる。神戸正法寺にて得度。神戸祥福僧堂にて修行ののち、昭和25年(1950)平林僧堂へ移り、白山敬山老師に参禅する。

同48年(1973)、敬山老師を継いで住職並びに僧堂師家就任。修行の基礎を重んじ、何事においても緻密明晰に当たり平林僧堂を盤石に至らしめた。昭和62年(1987)、敬山老師の念願でもあった『平林寺史』発行。平成26年(2014)平林寺にて遷化。87歳。妙心寺第675世。室号、放牛窟。

  • 糸原圓應墨蹟

平林寺第24世
野々村玄龍(ののむらげんりょう)老師

昭和13年(1938)島根県に生まれる。京都龍安寺にて得度。昭和36年(1961)より平林僧堂にて白山敬山老師、糸原圓應両老師に参禅した。

川崎市壽福寺住職を経て、平成7年(1995)圓應老師を継ぎ、住職並びに僧堂師家就任。面倒見のよい性分で分け隔てなく門戸を開き、平林僧堂の隆盛を果たした。平成23年(2011)平林寺にて遷化。73歳。妙心寺第697世。室号、指月庵。

  • 野々村玄龍墨蹟
ページトップへ戻る